大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)17号 決定 1959年3月05日
抗告人 黒田くみこ
訴訟代理人 高田喜雄
相手方 黒田由太郎 外一名
主文
原審判を取り消す。
本件を神戸家庭裁判所洲本支部に差し戻す。
理由
本件抗告の要旨は、「抗告人の申立にかかる神戸家庭裁判所洲本支部昭和二七年(家)第七七号遺産分割申立事件について、同裁判所は、昭和三〇年一二月二六日附をもつて、共同相続人間において相続財産の範囲に争があるとの理由で、申立を却下する旨の審判をしたけれども、相続財産の範囲は明瞭であるから分割の審判をなすべきものである。仮りに、その範囲に争があり全遺産の分割の審判をすることができないとしても、争のない一部の遺産については分割の審判をなすべきである。よつて、原審判を取り消しさらに家事審判規則第一九条に基き相当の裁判を求めるため抗告に及ぶ。」というのである。
一件記録により審査するに、抗告人は亡黒田一三の妻であり相手方等は同人の父母であるところ、一三が昭和二三年七月二三日死亡するにともない抗告人がその相続人として共同相続人たる相手方等に対し被相続人一三の遺産の分割を申し立てたが、抗告人が相続財産と主張する物件の大部分につき相手方等は相手方由太郎の固有財産である等の理由でこれを争うものである。これに対し、原裁判所は、共同相続人が遺産の分割に関して家庭裁判所に請求することができるのは遺産を分割すべきかどうか及びその分割の方法についての審判であつて、家庭裁判所が審判することができるのもこれに限られており、遺産の範囲につき争があるときはこれが確定は民事訴訟事項であつて審判の対象となりえず、また、本件において争のない部分についてのみ分割の審判をすることは争ある部分が真にどの程度遺産の範囲に属するかによつて民法第九〇六条の分割の基準に相違をきたすおそれがあるから両者を切りはなして審判をすることは同条の趣旨に反するとの見解の下に、遺産分割の審判の申立はその要件を欠く不適法なものと判断したことは明らかである。
然しながら、家庭裁判所が遺産分割の審判をするに際し相続財産の範囲に争のある場合これを確定するための審理をなし得ないものと解せねばならない根拠はない。何となれば、法が遺産の分割を家庭裁判所の審判事項と定めた法意を考えるときは、遺産の範囲について当事者間に争がなくその範囲の明確な場合にのみこれが分割を家庭裁判所に委ねたものと解すべきではなく、相続財産の範囲につき共同相続人間に争があると否とを問わずその範囲が不明確な場合においてこれを確定するための審理は当該審判手続によらしめたものとみるのが相当であるからである。すなわち、家庭裁判所においては事実の調査及び必要があると認める証拠調をして相続財産の範囲を確定した上正当な当事者間において分割の審判をなすべきであつて、それが確定したならば審判自体の効力を否定することはできないものである。尤も、右審判はその前提となつた相続財産の範囲につき既判力を有するものでないから、第三者はもちろん当事者においても別に訴をもつてその帰属を争うことはさまたげなく、その結果、分割の審判における相続財産の範囲の認定と別訴における認定とに差異を生じひいて分割によつて各相続人が取得した相続財産に瑕疵あることとなり民法第九一一条の規定により共同相続人相互に担保の責に任ぜねばならない場合の生じることもあり得るであろうが、これがため審判手続において相続財産の範囲を審理し認定することを否定する論拠となすに足りない。
そうであるとすると、これと異る見解の下に遺産分割の申立を却下した原審判はその余の判断をするまでもなく不当であり取り消さるべきであるので、家事審判規則第一九条第一項に従い原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉村正道 裁判官 竹内貞次 裁判官 吉井参也)